3月11日 原発事故に思う

14CIMG7257.jpg

3月11日。

14CIMG7254.jpg



現実から出発しないという立場も場合によってはあるだろう。
けれども、それはしばしば多くの「べき論」のように、
「ごもっとも」ということで終わってしまいがちだ。

〜原発の安全性を誰が担うのか〜

素人と玄人。お客様と供給者。コンシューマーとサプライヤー、それに監督官庁に分け、
この図式の上に仕組みを構築してきている。
これからも、この図式上の仕組みをどう強化するか、
この点ばかりが議論されているように、僕には思える。

これは監督する行政一般のやり方である。
法治行政であり、根拠になる法律→基準、手続きを持って「公平」に進める。
法律は国会で、議員は選挙によって成り立つルールによっている。

新聞やテレビを見ている限りでは、電力会社以外の一般人、「お上」たる官庁、
メディア関連の人たちが東電に腹を立てて、それに終始している感は否めない。
その通りである。けれど、この図式のままでより安全な方向に向かうのであろうか。
いささか疑問である。

おそらく、原発のことをよく知っているのは、学者でもなければ役人でもなく、
現場で働く人たちだったんだろうと思う。
以前あった「保安院」は経済産業省の普通の役所であって、
メディアの対象であったときの印象は薄い。
よく知っている人がそうでない人から指示を受け、結果責任も負う。
役所と電力会社の関係はそんな風になっているように思えた。

現場で「こうした方が安全は高まる」と考えても、
「それまで安全と言って来たことがウソなのか」と言われ、
相当なコストも要するだろうから「詰んでしまう」という面がなかったか。
論理的整合は大切だけれども、論理は全てを網羅できない。
かならずその外側がある。

「お上」として「あーしろ」「こーしろ」というものも必要であるけれど、
また、専門家の見識も大切だけれど、
電力会社に基準を示すだけで安全が確保できるだろうか。

実際にはお話にもならない程度の「安全」に神話まで付いていた。
役所はプロの電力会社のノウハウはない。
「教えろ」といいながら監督してきてもどうなんだろう。
電力会社だってメーカーのノウハウなしでは出来ない、と想像してしまう。
もの申すだけじゃダメなんじゃないか。そういう部分も残しながら、
電力会社がダメになったとき、役所の中に直接サポートできる専門的な部署がある。
安全対策のノウハウがあって、ただ電力会社とは立場が違うという部署。
そんな具体的な仕組みが必要じゃないだろうか。
コストがかかっても必要じゃないだろうか。

もっとも原発を全て廃止できれば大したもんだと思うけれど、
現実はどうなんだろう。
起きてしまった「現実」から望ましい姿になるまで40〜50年はかかる。
観念的な安全から現実的な安全性を増すこと。
完璧な安全神話よりしたたかな安全の確保が必要なのではないか。
廃炉を目指している福島第一原発、作業に40年。
その間に再び大津波が来ないことを祈りつつ。












今日の花
kiku140310.jpg
ウメ



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Ken (こに父)

Author:Ken (こに父)
ニコ(Nico) ♀
2007年9月7日生まれ

アグリ(Aguri) ♀
2010年3月24日生まれ

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最近の記事
最近のコメント
リンク
月別アーカイブ
ブログ内検索
FC2カウンター