記録が記憶を引っ張ることもある。

毎日あたりまえのように繰り返す光景は注意して記憶することはない。
ビデオ録画のように全部覚えていたらきりがない。
必要なことを曖昧に覚えているのが記憶であって、
(自分のことを棚に上げて)「曖昧だ」と指摘されるものではない。
ヒトはふつう、
同じことは繰り返さないので将来に応用が効くように曖昧に覚える、らしい。

13CIMG5076.jpg

どっちかが「手紙」を読み始めると、殆どの場合一緒に読むことになる。
こんなあたりまえの光景は当然記憶にあるから、撮らない。
例えば、毎朝のように二コが少し離れたところから小走りに向かってくる。
この時ひっくり返りたい気持ちとこっちの来たい気持ちが合わさって、
首をかしげて小走りにくるのですが、この時の写真はまだない。
そういえば、コニーが空に向かって両手で漕いでいる写真も1〜2枚しかない。
「また」見られるからと思いがちなのです。
「愛犬は記録より記憶だ」という意見もあるのですけれど、
記録から記憶が引っ張り出されてくることもある。

犬と暮らし初めて16年ですが、この間、写真を撮って記録することは、
フィルム時代に比べて技術的にも経済的にも格段に進歩しました。


CIMG5097.jpg

これからもいろいろ撮っていくつもりです。











今日の花
CIMG5113.jpg
ホトトギス



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Ken (こに父)

Author:Ken (こに父)
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2007年9月7日生まれ

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